Urban Haiku / Art
ジル・ガブリエル・グラシウレ&オプティカル・シスターズ(大房潤) / スイス、東京

このワークショップでは、歩く、描く、ビデオを撮る、編集する、詩を書く、VJをするといったさまざまなフィールドを、気まぐれな人が経験・探検するための仕組み(プラットフォーム)を作ります。

われわれは松尾芭蕉にならい、都市を歩きながらその意味を探求します。そして全ての経験をデジタル情報としてスクラップします。それは映像であり、音であり、言葉です。スクラップされた情報はVJ機器をつかってミックスされ、その映像はパーティーに集まる人々を躍らせるのです。ようするに、詩的(ポエティック)なやり方で都市にコミットするわけです。

新しい道路計画が実施されるという文脈のなかで下北沢を歩くということがもつ意味とは何でしょうか? そして詩的(ポエティック)な道を作るということの意味は何だと言えるでしょうか?

ワークショップを通して私たちは、身体的、歴史的、宗教的、政治的、詩的、芸術的に歩く、ということの考古学的な側面を発見することになるでしょう。

類人猿、松尾芭蕉、ジャン・ジャック・ルソー、修行僧、ヴェルナー・ヘルツォーク、ジョナス・メカス、ハミッシュ・フルトン、シチュアショニスト、政治的プロテスター、その他の人たちを参照しつつ、私たちは、「歩く」ということによって次のような行為について自覚し、その意味を理解するでしょう。

1.行政による再開発計画。
   それは資料として記録されるでしょう。

2.言葉を集めること。
   それは、私たちが詩的(ポエティカル)な都市計画の可能性について考える助けとなるでしょう。

ワークショップの参加者たちによって撮影されたすべての映像は、後ほど参加者たちによって編集され、アーバン・タイフーン・ワークショップのファイナル・パーティーにてVJ機材を使って再生されます。それは「歩く」ということが「お祝いのダンス」となり、下北沢の創造的なスピリットを表現する「都市の儀式」となることを意味します。.