下北沢という場所とは…

下北沢駅周辺は、日本のカウンターカルチャー(伝統的・支配的文化に対抗する文化)の発信源として、東京を代表する有名な地域です。東京に集まるたくさんの若い建築家やアーティスト、DJなどのクリエイターたちは下北沢の文化の魅力に取り付かれています。

狭くごった返した下北沢のストリートには、自由な雰囲気と反画一主義への匂いが溢れています。下北沢の若者たちは、単にお洒落な洋服に身をつつみ型にはまらない格好をするだけでなく、型にはまらないライフスタイルそのものを主張しているといえるでしょう。下北沢がそのカウンターカルチャーが行政と向き合うことになった東京でも珍しい場所だからかもしれません。下北沢を愛する人びとは本当に多種多様。多くの学生やアーティスト、そしてクリエイティブな仕事をする人びとが下北沢のユニークな文化に惹かれて集まってくるのです。

二つの鉄道のラインが交差するこの駅は、東京の中心都市である渋谷や新宿から数分の圏内に位置し、東京の郊外に住む数十万の人びとが毎日ここを通過して通勤しています。

最近、下北沢近隣に26メートル幅の巨大な道路を通そうという1946年に発案・凍結されてきた計画が、下北沢を含む世田谷区、駅周辺開発も行なっている小田急電鉄によって復活させられました。この道路計画は、もともとは1946年に計画されたものですが、小田急線の地下化工事にともない下北沢を大規模に再開発する計画のなかで復活したのです。

日本における都市計画の特徴は、おもに国土交通省の介入による、強いトップダウン方式によって行なわれることです。東京は、3000人ほどの住民が「町」という近隣の小さな集まりによって構成されている都市であると言われています。しかし、その「町」は上からの典型的なばらばらの情報を住民に提供するだけであって、住民からボトムアップ方式で行政とコミュニケーションをとり「町」をつくりあげていくことはほとんどありません。つまり東京では、そのコミュニティにおける何らかの行政の計画を、住民の意見によって中止したり変更したりすることは、ほとんど不可能に近い状況なのです。

現在、多様な人びとで構成されている草の根の市民団体が、下北沢の道路計画に反対し、その代替案を示そうと活動を行っています。日本国内だけでなく、海外のミュージシャンや建築家や学者たちなど多くの人びとが、東京という大都市における下北沢のカウンターカルチャーや、とても落ち着いた雰囲気を保存する重要性を強く認識しているのです。

いまや世界中の都市で、住民たち自ら自分たちのコミュニティを計画し関わっていくことが重要だと言われ始めているなか、世田谷区の都市計画のやり方は、道路計画への反対運動の存在を抜きにしても、考えものだと言えるでしょう。東京都都市整備局も、「2025年都市開発計画」の中で、以下のような目標を掲げています。「都市計画の最初の段階から、住民が計画に関わることのできる方式にしたり、住民自身の参加を多くしていくなどして、行政は説明責任を果たしていかなければならない。そのようなやり方で、政策決定が為されていくプロセスにおける透明性の確保が必要である。」